ひとりじゃないよ・・・「大丈夫。あなたは、みんなに守られ助けられ生きてゆかれます。」

11月も中旬になりましたね。
母が亡くなり、喪中のハガキをだしました。

あー、母は亡くなったんだ・・・と改めて思いました。

いつも、母は今・・・どこにいるんだろう・・・と思いますが、
実は生前よりも近くにいるような気がいつもします。

昨年お父様を亡くされたKさんも、ブログにコメントくださいましたが、
同じことをおっしゃっていました。

きっと、魂はいつも傍にいて、私たちを守ってくれているのだと思います。


先週の土曜日と昨日、仕事で箱根に行きました。

晴天の下、芦ノ湖はキラキラと・・・本当に、キラキラと輝いていました。
そのキラキラは、鳥居を通り、続いていました。
不思議な光の道ができていました。

そして、なんと、そのキラキラは、天からも・・・

まるで、湖の精霊が喜んでいるように感じました。

あんなにきれいな芦ノ湖を見たのは初めてでした。

幸せな気持ちになりました。

そして、やはり、母を感じました。


母が亡くなってすぐ、母は、父の夢枕に立ち、

「しばらく、生まれ故郷の赤城山に行くわ。歩けるようになったから」

そう言って、

本当にその通り、

私は、母に赤城神社で会うことができました。

その時のように、また芦ノ湖に、母が会いに来てくれると期待しましたが、
母は、もう天にいるようです。

今回は姿を見ることはできませんでしたが、

綺麗ね・・・本当に綺麗。
母はそう言っているのを感じました。


春の桜と秋の紅葉が大好きだった母。

お花見しようねと、車いすをおして公園に行き、桜の木の下で母とお花見をした日。

あれから半年以上がたち・・・母はもうこの世にいないことを思うと本当に寂しいです。


お母さん、今年も紅葉がきれいです。

そう芦ノ湖のほとりを母を思いながら歩きました。

湖がキラキラ・・・母が傍で笑っているように感じました。


母からのメッセージはいつも・・・

「大丈夫よ、私は天からあなたを見守っているわ。

大丈夫よ、あなたは、どんな時も、みんなに助けられて生きていかれるから。」


ひとりじゃないよ・・・

いつも自分をだきしめて
そして心に花束を


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母が見せてくれた「奇跡」~本当にあった「不思議な話」~Part2

母が亡くなって3か月・・・まだまだ悲しみは消えませんが、でも、
みんなが助けてくれて、前に進めていることに感謝です。

母からのメッセージ・・・

「大丈夫よ。
あなたは、これからもずっと
みんなに助けられ、
みんなに守られ、いきていかれるわ。
だから心配いらないわ。」

そうお母様は言っておられますと、
と、Kさんは、私に伝えてくれました。

だから、私も母を心配させないようにしようと思います。

「お母さん、お母さんは、安心して天のお仕事をしてね。
でも、私が困ったときは、すぐに降りてきてたすけてね!」

天を見上げ、母にはいつもそう言っています。


ブログ・・更新されるのを楽しみにしています。

そう皆様から連絡いただいて・・・
自分が思っている以上に、私のブログを楽しみにしてくれている方々がいることに
やはり、ただただ感謝です。うれしいです。


母が亡くなってから、母を近くに感じる出来事がいくつもあります。
今日は、直近の「母を感じた体験」をシェアします。

今週末、私は、お仕事で福岡に行ってきました。

連休の初日ということもあり11月3日の羽田空港は混雑!

チケットの手配はしていただきましたが、座席指定がなかったので、
早速羽田に到着後自動チェックイン端末へ。

機材の種類は、3-4-3の横10列。
通路はどこも開いておらず、仕方なく、残っていた真ん中の席を指定しました。

「本日、満席のご案内になります」と、搭乗のアナウンスがあり、機内へ。
しかたないや・・・と、席に着きました。

ところが、私の隣の席はいつまでたっても空席、だれも座りません。
間もなくしてドアが閉まり、離陸の準備が整いました。

あれ・・・?誰も来ないのかな?
CAさんにお断りして、空席の通路席へ・・・

すると・・・

誰も座っていなかったその席は

なんと「暖かい」のです。

確かに、人がちょっと前まで座っていたようなぬくもりがありました。

その時!

「おかあさん!?」なぜか母の気配がしたのです。

そうか、母は一緒に九州へ行きたかったのね。
だから、私の隣に母も席をとったのね。

そう感じてうれしくなりました。

念のため、私は、「満席」と言われたその機内を歩いて回って見ました。
席は、本当にどこもあいていていないように見えました。

私の隣だけが、ぽつりと空いていました。


福岡にいる間中、私は母を傍に感じていました。
ずっと一緒なのね、お母さん。

母は、一緒に九州に行きたかったのだと思います。

こんな風に、急に「母」を感じることが、よくあります。
母はわかるように、ちゃんと形や状態にしてみせてくれるのです。

だから、今日も、天に向かって言いました。
「お母さん、私は大丈夫よ。安心してね。
お母さん、ありがとう!」


ひとりじゃないね・・・

だから自分をだきしめて
そして心に花束を

「神様のお遣い」 琵琶湖での奇跡 Part1

「美湖さん、琵琶湖にいってください!」

「美湖さんは琵琶湖に行った時から変わります」

そう、何人かの方にずっと言われていました。


ん? 琵琶湖?

淡路島は何度か行きましたが、琵琶湖は今まであまりご縁がありませんでした。

琵琶湖と淡路島の形が同じだったり、日本最古の湖と言われる琵琶湖の不思議は以前から聞いていましたが・・・

興味はあっても、知らないその土地に、一人ですぐに、行こうという気持ちにはなれませんでした。


ところが、8月・・・母が亡くなり悲しい毎日を送っていたある日、

Mさんから、「美湖さん、うちにいらっしゃいませんか?」とお誘いがありました。

Mさんは、4年前にハワイでのセミナーで、出会ってからまだ2回しかお会いしていませんし、
頻繁に連絡をとっている方でもありませんでした。


そのMさんは、なんと、琵琶湖の見えるマンションに住んでいらっしゃったのです!

「美湖さんとは、前世一緒にあることにかかわっていた繋がりがあるのです。」そうMさんは言いました。
「自宅から、竹生島も見えますよ。どうぞいらしてください。」

竹生島・・・・?

竹生島、その言葉を聞いたときに魂が揺さぶられました。

なんだか、今、行かなくてはいけないような気になりました。


それと同時に、「美湖さん、琵琶湖です!」

そう神様は、この世の別な人を通して、またメッセージを送ってこられました。

何かがある・・・

そう直感した私は、Mさんのご厚意に甘え、琵琶湖に行くことになりました。


琵琶湖への旅は、私の「いやしたび」となりました。


母を失い、心も体もバランスを崩していた私を

Mさんご家族や、Mさんのご紹介のKさんが、癒してくださいました。

ボロボロだった私を「神様のお遣い」の皆様がそっと包んで癒してくださったことはとても感謝でした。


弁財天様の祀られている竹生島

思えばこれは、5月に宗像大社を訪れた時から始まっていたようです。

そして、6月には、江の島に導かれました。

すべて、弁財天様のお導きのように感じました。


はたして・・・竹生島で、奇跡は起こりました!


このお話は、また次回にシェアしますね。


ひとりじゃないよ・・・

だから自分をだきしめて
そして心に花束を

母が見せてくれた「奇跡」~本当にあった「不思議な話」~

最愛の母が亡くなり7週間が経ちます。


人はなくなると、仏教では、49日、神道では、50日までは、「この世」と「あの世」を言ったり来たりしているそうです。

49日の今日、50日の明日は、母を「あの世」に送ってあげる大切な日ということになります。

土曜日ということもあり、明日、みんなで、母を天国に送ってあげることになりました。


母が居なくなってしまい、まだまだ、悲しいですが・・・
なくなった直後のような、どうすることもできない、底からこみあげてくるような深い悲しみは、不思議となくなりました。

それは、先日、琵琶湖に「いやしたび」に行ったときから変わりました。


今日は、母が亡くなって間もなく起きた「ふしぎ」なお話をシェアします。

ある日、父が私に

「お母さんはね、天国にはいないよ。赤城山に行くって言ったから。」

母は父の夢枕に立ってこういったそうです。

「私は、元気にしているから心配しないでね。歩けるようになったから、赤城山に行くわ。」


母は、群馬県の赤城山のふもとで生まれたので、故郷に帰りたかったのでしょう。

「えっつ、そうなの?実は明日、私、仕事で、赤城神社に行くのよ。」

そう父に話すと、

「そうか、じゃあ、お母さんに会えるかもしれないな」

現実的な父のその言葉に一瞬戸惑いを感じました。


果たして翌日・・・

大沼という湖のほとりに鎮座する赤城神社。

神社ご案内の後、一人、湖のほとりをあるいていると・・・

かなり遠くの湖の向こうに「水玉の洋服を着た人」が見えました。

母は亡くなったとき、大好きだった水玉の洋服を着て旅立ちました。

「お母さん?」

一瞬目を疑いました。

水玉の洋服を着たその人は、湖を渡ってどんどん近づいてきます。

「おかあさん・・・」

母でした!遠くから、母がニコニコと笑って湖を渡ってきます。


もう少しで、お母さん!と母の手を取ることができたのに・・・

近づくにつれ、母は透明になり姿が見えなくなりました。


でも、その時の私は、悲しいより、ただただうれしくて、

母に会えたのがうれしくて、私は興奮を抑えきれませんでした。


「お父さん!お母さんいたよ。赤城山にいた!」

急いで父に電話すると

「そうだろう。お父さんにそういったからな!」と。父も嬉しそうでした。


母の姿を見たのはそれっきりですが、

肉体を脱いで、魂になった母は、いつもどこでも、一緒だということを感じました。

「あなたがね、笑ってさえいてくれたら、私はうれしいの。いつも見てるわ。」

母はそう伝えてきました。


先週行った琵琶湖でもその感覚を何度も感じました。

母は、呼んだらいつでも飛んできてくれます。


だからもう大丈夫です!

みなさん、ご心配ありがとう。

これからも前を向いて歩いてゆきますね。


ひとりじゃないよ・・・

だから自分をだきしめて
そして心に花束を

「神様のお遣い」 本当にあった不思議なお話です。

母が天に召されて2週間が経ちました。

この半月、泣きたくなる自分をだまし、だまし・・・時が早く立つことを願い、がんばってきたように思います。


まだ、母がこの世にいるような気がしてしまうのは、それを受け入れたくない気持ち・・・?

もしかしたら、母が私の傍に本当にいて見守ってくれているから・・・?なのかもしれません。


不思議なことが次々と興っていますから、母はいつも、私の傍にいるのだと思います。
それは、随時、ブログでシェアしていきますね。


不思議なことといえば・・・私には、本当につらく悲しい時に、いつも「神様のお遣い」があります。


もちろん、普段から仲良くしている「心友」のみなさんも、今回も私をずっと私を励まして寄り添ってれました。
時には、電話、時には、メールやメッセージ、または、会いにきてくれたり、ご神水やお花をくださったり・・・

みなさんの大きな「愛」には心から感謝しています。


不思議なことは・・・

ちょうど、母の癌が分り、余命を告げられ、どうしたらよいのか分からないほど混乱していた時でした。

ある日、一通のメールが来たのです。

それは、1年くらい前に、たった1度しかおあいしたことのないYさんからでした。

「怪しいものではありません。私は、美湖さんと、美湖さんのお母様のことを助けたいのです。」

私は、Yさんのことをよく知りませんでしたが、なぜか、まったく疑いませんでした。

「この方は、私たちを助けてくれる、神様のお遣い・・・」そう直感したのです。


それから、母が亡くなるまで半年間、Yさんは、ずっと私たちのことを神様に祈ってくださいました。

「母がこの世の最期を迎えるまで、どうか痛みや苦しみがありませんように、安らかな最後を迎えられますように」
それが、私の日々の祈りでした。

母の具合が悪くなり、Nさんが祈ってくださると、不思議に母はよくなりました。
奇跡が何度も起きました。

そして、母は、祈りの通り、苦しまずに眠るように天に召されました。

Yさんは、私にも、メッセージをたくさん伝えてくれました。


不思議が神・・・

素直な心で神様を信じる心ひとつで、神様は必ずご守護くださることを

Yさんはいつも伝えてくれました。


ずっと一緒に母を助けてくれたY[さん・・・Yさんには心から感謝しています。


4年前、同じようなことがありました。

やはり、家族だった愛犬ラッキーちゃんの癌が分った時のことでした。

「なぜ、私たちが今日このツアーに参加したのかがわかりました。それは美湖さんに会うためだったのですね。
私は、あなたにお伝えしたい天からのメッセージがあります」

初めてお会いしたNさんは、私にそう言いました。

その日から、ラッキーちゃんがなくなるまで、Nさんは、日々私にメッセージを送ってくれました。

Yさんも、Nさんも「神様のお遣い」だと私は信じています。


悲しみのどん底だった私を助けるために「人」を通して伝えてくださった「神様」のなさった「奇跡」でした。
「神様のお遣い」きっと、あなたの傍にもいるはずです。



ひとりじゃないよ・・・

だから自分をだきしめて
そして心に花束を

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