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今、とっても大変なあなたへ

「美湖さんのブログにいつも癒され元気つけられています!」
私も紫陽花の花が大好きです。」

そうコメントくださったKさんとHさんありがとうございます。

メールやコメントをいただくと
みんな、誰しも、頭ではわかっていても・・・

不安になったり、

これでいいのかと思ったりしながら

でも、前へ前へと進んでいるのだなと感じます。


私もそうです。

だから、

ひとりじゃないよ・・・
とメッセージしています。

人生は「山あり谷あり」といいますが、
大変なことが、一度にまとめて降りかかってくることがあります。

3年前の私・・・

そんな時、どうしてこう次々と・・・
と思いますが、

それもすべて、自分がこの世に来るときに決めてきたこと!
魂が体験したかったことなんだと思うと

受け入れざるを得ませんね・・・辛いけど・・・

どんなに大変と思うことでも・・・

あなたが乗り越えられないことを
あなたは計画しないから・・・

大丈夫!乗り越えられるようになっているんです、きっと。

だから・・・
今、ワクワクする人生を送れないでいる人も

自分に正直に生きられない人も

これでいいのかと毎日迷いの中に居る人も

それでいいんです。

そんな自分を受け入れて
諦めないでいてください。

そして天をみあげてみましょうね。

きっと光がさーとさして
その光が優しく感じるときが来ます。

一緒に歩んで行きましょう。


ひとりじゃないよ・・・

だから自分をだきしめて
そして心に花束を
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今、とっても大変なあなたへ

たしかに人生は「山あり谷あり」です。その人生の山や谷の景色を
眺め楽しむような余裕が持てたらどんなに素晴らしいかと思いますが、
直面した山や谷の険しさに圧倒され、その高い山。深い谷をどう
やって切り抜けたら良いのか、途方に暮れることも少なくありません。

時にはその厳しさから、こんなに辛いならいっそこの山の断崖から
身を投げて死んでしまいたいと思うような孤独や辛さにも遭遇します。
もう少し平坦な道を歩みたいと願っても、険しい上り坂が延々と続く
事もあります。

ではその人生の厳しく険しい道を少しでも楽に進むにはどうしたら
良いのか。そのコツが幾つかあるように思います。

先ず一番大切なのは、どんな事にも共通して云えることですが、
嫌だ嫌だと思って避けて通ろう。逃げようと思わないことではない
でしょうか。
結果が思うように行くか(成功)、思い通りにならないか(失敗)は
一先ず棚上げにして、立ち向かう「覚悟」を持つことでしょう。

5/29日の「大きな学び・・・」の中にはこうありました。
「起こることは決まっているのだから、不安は持たないこと」

中には結果が全てと考える方もお出ででしょうが、どんな姿勢で
立ち向かい、どんな努力をし、そしてそこから何を学んだか。
結果は勿論大事ですがその「課程」が大切で、「課程そのものが人生」
であり魂を磨く機会とも云えましょう。

「課程」の中で迷い、力不足と思ったら知恵を使いましょう。世の中
には多くの経験を積み、多くの難局を乗り越え、その為の知恵を持っ
た方が大勢います。その支援を仰げばよいのです。


尼子家の家臣だった山中鹿之助は、更に自らを鍛え高めようと月に
向って、「願わくば吾に七難八苦(艱難辛苦)を与えたまえ」と祈ったと
云われます。鹿之助の夢、尼子家再興を果たす事無く毛利との戦い
の末に捕えられ命を断たれました。しかしその崇高な志は今に語り
継がれます。


良寛さんが71才の時、三条市を中心に大地震がありました。
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬが
よく候  是はこれ災難をのがるる妙法にて候」 
良寛さんが、大地震のお見舞いとして山田杜皋(とこう)という俳人へ
の手紙に書いたものです。。 

解釈の仕方は様々あるでしょうが、私はこんな風に解釈してます。

災難に逢うから、或いは災難に逢ったからといって取り乱したり、
イヤだイヤだと訪れた災難から逃れようとしていてはならない。
災難が来たなら「覚悟」を決めて、来てしまった災難を受け入れて、
その上で前を見なさい。そうすれば訪れた災難に振り回されること
なく対処できる。

つまり、逃れよう逃れようと思わないで、覚悟を決めて、来るであろう
災難にも立ち向かって行く姿勢があれば、訪れた災難もそれは単な
る災難ではなく、自らを向上させる機縁となって、訪れた災難も災難
では無くなる。・・・と解釈します。

そして、この良寛さんの言葉にはもう一つの側面があるとも云えるで
しょう。

  災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬが
   よく候
  是はこれ災難をのがるる妙法にて候

前半は、「潔く受け入れる姿勢」と解釈できましょう。
しかし、人生を歩む中で様々な不幸が起こった時に「受け入れる姿勢」
を持たず、自分は運が悪いのだとか、巡り合わせが悪かったとか、あの
時あの場に行ってなければ・・・などと、過ぎてしまった事を思い煩い、
何時までも後悔したり人を恨み自分を悔み、時には自分の生れ持った
運命を呪ったりして、「訪れた災難を受け入れない姿勢」と仮定してみ
ると後半の行が、
「是はこれ災難が続く妙法にて候」 となるのかもしれません。

災難に遭うことで、自分の持っていたある因が浄化されたのに、尚も
そのあとその事に拘っていると、折角浄化された因縁が尚も引き留め
られる作用があるのではないでしょうか。
自分にとって悪い出来事が起きたことは、その事で「悪しき因子」が
ひとつ昇華されたと捉える事で、その「悪しき因子」から完全に解き
放たれたと云えましょう。
だから、災難が起きても、それを潔く前向きに捉えることが「災難を
のがるる妙法」と云えるのではないでしょうか。

そして尚更に云えば、自分に災難が起きたことで、他の人が災難を
被らなくてよかった。また自分自身の悪しき因を、災難によって昇華
させて頂いた。有難い・・・と感謝出来たら、尚一層妙法が発現され
るのでないでしょうか。

尼子家に使えた山中鹿之助が、月に向かって「願わくば、我に七難
八苦を与えたまえ」と祈った話も、また「良寛さんの言葉」にも共
通すものがあると思います。
「我に七難八苦を与えたまえ」と祈ることは、七難八苦を甘んじて
受けるということでしょう。七難八苦を受けることは、自分をより大
きく強く成長させたいという意思の表れでしょう。
「七難八苦」を乗り越えた大きな自分に成長すれば、もう七難八苦
など関係ない自分となれます。
普通に考えれば「七難八苦」など誰しも避けたい事ですが、敢えて
七難八苦に向かいそれを乗り越えることで七難八苦を七難八苦で無く
してしまう。

「良寛」さんの言葉も、「山中鹿之助」の言葉も共通するものは、
「積極的に乗り越えようとする姿勢が、困難な運命をも切り開く・
・・といえるのではないでしょうか。

次から次に不幸が訪れ。なんて自分は不幸なんだろう。どうして自分
だけが・・・などと思ってしまいます。
しかし、自身の身の上に一つ不幸が現れたということは、今まで自分
の中に内在されていた「不幸の因子」が解き放たれて現れ、消えてゆく
姿なのです。
不幸な出来事で不幸の因子がまたひとつ消えてゆく。
ですから 「呪われし時には祝福せよ」 なのでしょう。
そしてその時に大事な事は、起きてしまった不幸を思い煩わないこと
です。
起きてしまった事に悔恨の念を持つと、そこにまた「新たな悪い因子」
が生じ。その因子はやがていつか悪い出来事をなって現れます。
思い悩みくよくよすることは、悪い出来事の連鎖を招くのです。

そして自分の身の上に良い事が起きた時。
「自分はなんてラッキーなんだ! ついてるぞ♪」などと有頂天に
なったりしませんでしょうか。
良い事が起きた時は。それは内在されていた「幸せの因子」が一つ
消えて行く現象なのです。ですから、良い事が起きたなら更に心がけ
徳を積み、幸せ預金を増やそうと自らを律するべきでなのでしょう。

長いようで短い人生。短いようで長く辛い一生。悪い出来事にいつま
でも思い煩わされる事無く、起きた事は過ぎた事と気持ちをリセット
し、前向きに歩むだけで人生は変化すると思います。
私自身の体験からもそれを信じますが、皆さんはどうお考えでしょ
うか。

 ふたたびは 戻り来たらぬ 今日なれば 
悔いなく過ごせ 心ゆたかに

  (↑これ頂きました・・・ (´*^ω^*`)ノ゙ 使わせて頂き
ましょう ) 
                              
長々と失礼しました。
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angel711

Author:angel711
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